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![No.5 [ 押井守監督 ]](/library/mondo21.net/column/image/no5_ttl.gif) |
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えー、先月は原稿を落としてしまいました・・・申し訳ございません。
しかも、今月も締め切りを過ぎております。これもひとえに、サーバーの切り替えなんてことをやっていたせいでございます(いや、それはそれで大事なことなんだけど・・・(苦笑) って言うか、そういうこともやってるんです・・・私)。
ま、おかげでこのホームページも容量アップで更に充実したコンテンツをお送りできるようになるでしょう。(それは脅しですか?(笑)byホームページ担当)と言うわけで、いいわけはこれくらいにして、今月のコラムを始めましょう。
さて、常にこだわりの番組をお送りしているMONDO21の中でも、(いろんな意味で(笑))格別こだわって番組を作っている「侵略放送パンドレッタ」(いや、いい意味でですよ、○○プロデューサー様(笑))。先月はパトレイバーの最新映画の情報をお送りしていましたね。
パトレイバーと言えば押井守監督。ってことで、今月は押井監督にちょっとこだわってみたいと思います(だれだ、ついにネタ切れなんて言ってるのは!(笑))。
いや、実は先日、(今更ですが)「アヴァロン」を見る機会がありまして、見終わった後、ちょっと思ったことがあったので書いてみたくなったのです。ということで、しばしおつきあい下さい(決してネタ切れの暴走ではありません(笑))。
押井監督の作品で自分が見たモノと言えば「天使のたまご」「うる星やつら ビューティフルドリーマー」「PATLABOR THEMOVIE」「PATLABOR2 THE MOVIE」「GHOST IN THE SHELL−攻殻機動隊−」「アヴァロン」ですかね(TVアニメは削除、、挙げるとキリがないから(苦笑))。
これらの作品を見て思うのは、言い尽くされた話ではありますが、「現実と虚構」と言うのが常にテーマとして根底に流れているなぁ・・・ってことです。
「天使のたまご」や「ビューティフルドリーマー」ではこれが、想いや夢と言う形をとって語られていますが、それ以降はもっと現実的にコンピュータやネット、ゲームと言うある種の仮装現実との対比という形で語られています(「PATLABOR」シリーズでは「東京」と言う形で語られていると言う見方も出来ますが)。
それと、もう一つ。どの作品にも「自分という存在の危うさ」と言う形でも語られているとも思うのです(特に「攻殻機動隊」では顕著ですよね)。
「現実と虚構」と言うテーマを扱った作品は多く、有名なモノとしては「マトリックス」がありますね(これが「攻殻機動隊」の影響が強い作品だというのは有名な話(笑))。また、あの「エヴァンゲリオン」もある意味「現実と虚構」を扱った作品だとも思います(有名なのはTV版の次回予告とか、映画版の舞台風の描写や現実の観客席が写るシーンなど)。
ただ、これらの作品と押井監督の作品ではちょっと違うなぁと言う気がするのは何故でしょうか(え、おまえだけだって? まぁ、まぁ(笑))。
私が思うに、それは「明確に与えられない答え」ってところじゃないかと思うのです(まぁ、「エヴァ」も明確な答えが語られているわけではないですが、主題歌、TV、映画全てに共通点が(自分的には)あると思うのですよ、、「きもちわるい」ってことでしょう(笑))。
これって、特に「アヴァロン」を見た時に思ったんです。「現実と虚構」を通して、いったい何を語りたいんだろうって。
途中まではゲームという仮想現実の世界を描くことで、そう言うモノに依存する危うさを描きたいのかと思っていたんですが、最後の「ゴースト」の「イヤな」微笑みを見たとき、「あれ?」って思ったんです。
仮想現実の危うさと言うのは「PATLABOR2」では航空自衛隊のコンピュータへのハッキングによる偽の領空侵犯という演出、「PATLABOR」ではOSと言う信頼されきったモノにあらかじめ仕掛けられた悪意のあるプログラムと言う現実に近い形で私たちの前に示されます。
「アヴァロン」では主人公「アッシュ」が最後に対峙する「マーフィー」との対話によって語られます。現実の世界では廃人になっていても、今、この仮想世界が現実でないと言い切れるのか? という形で。
そう、ここまでは「あ、押井監督はまたそういう危うさへの危険性を言ってるんだな」と思いこんでいたのですが、ラストシーンを見たときにそれまでの自分の考えに「えっ?」って思っちゃったんです。
ラストの「ゴースト」の微笑みは何? 最後のステージ「リアル」へ誘うためでしかない「ゴースト」が何故あそこで出てくるの?
今、無理矢理答えを出そうとすれば、「ゴースト」とはラストステージへ主人公を誘う、言ってみればゲームの制作者達の「使い」であり、それによって誘われた世界はそれまでの仮想現実の世界とはほど遠い限りなく現実に近い世界(おまけに、それまでパートカラーだった映像がフルカラーになってるし)、その「ゴースト」に銃を突きつけた「アッシュ」の行動は、仮想現実とそれを作った制作者達を拒否した現実へ戻るための意思表示・・・ってなところになるわけで、これなら押井監督は「仮想現実の危うさ」を語ってきていたという自分の思いとも一致するのですが、どうもそうじゃないような気がねぇ・・・(苦笑)。
まぁ、あと2、3回は見てみないと何とも言えませんねぇ・・・。もっとも、これはひょっとすると押井監督の一流の演出であり、私はそれに見事にはまっているだけなのかも知れませんが・・・(苦笑)。なぁんか、今回は番組とはほとんど関係なく、しかもマジメぶった感じになってしまいましたが、私だっていつも「2次元キャラに萌え萌えぇ~」ってしてるわけではなく、その裏ではこういう風にいろいろと深読みしながら作品をみてるんだってことをたまには見せないとね(わかったかね、うちの社員の諸君(笑))。
では、また。 |
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